「良い家とは何か」の答えを探すため、自然素材を使い心地よい住まい作りを手がけるナチュラル工房の伊藤博一代表に話を伺った。
家はあくまで「”空間”に過ぎない」と語るその言葉から、良い家を求める事は、生き方、暮らし方そのものを求めることだと改めて気づかされる。
家という空間でどう過ごすのか。
–価値観やライフスタイルが多様化する中、「家」というものに対しても求めるものが変化してきていますよね。
伊藤:家の概念もだいぶかわってきていますよね。
昔は家で生まれて、家で死んでいくというのが当たり前だった。お産は産婆さんにお願いし家で行っていたし、結納もして、結婚式もして、葬式も家でする。それこそ法事もやる。
今は、病院で生まれて、病院や施設で亡くなり、法事も外部の施設で行う事が多いです。集まった親戚は気を使うからとホテルへ宿泊する。人間関係、コミニュケーションの在り方も変化していますよね。家に対して求めるものが時代の移り変わりとともに変化しています。
そんな中でも、普遍的なものはやはり家族という単位だと考えています。
家族の密度ある時間をきちんと受け切れる空間や環境というものこそ「家」に求めるものだと思っています。家族の密度ある時間を過ごせるかどうかというのは将来、故郷を想う気持ちだったり、親を想う気持ちに繋がっていくのではないかと感じている部分もありますし。
地に足がつく、落ち着くというのは、自分が立ち帰れる場所(家)があるかないかではかなり違ってくるのではないかなと思う。
–「自分の家(持ち家)」であるということは、密度ある時間を過ごせるかどうかに影響があるのでしょうか。
伊藤:自分の家があって、精神的に安定して、だからこそ初めてできることっていうのもあるのかもしれないですね。
例えば、家具など物を買うにも借家だから今はいいかと躊躇したり、どこか一歩を踏み込めない、気持ちが落ち着かないということはないでしょうか。そういったものの積み重ねが家族に与える影響というのは、プラスかマイナスでいえばマイナスの影響の方が大きいのではないかと考えています。
自然と落ち着く安住の場所があって、自分らしく、自分がしたいことができる。子供もおもいっきり遊べるなど、そういった空間があることで、家族の時間を濃密にできる可能性がより広がるのではないかと感じています。
しかし、家はあくまで家族で過ごす”空間”に過ぎません。
「いい空間(家)=いい家族」というわけではなく、家という空間でどう過ごすのか、ということを大切にしていく必要があるのではないでしょうか。
–伊藤代表が考える「良い空間、良い家」というのはどんな家でしょうか?
伊藤:世界的にも有名なある建築家A・Tさんが手掛けた住宅というのが数は少ないんですがあって、ショールームにもその原寸大の家を作ったことがあったんですが、住宅なのにその家にはお風呂がないんです。その家のコスト、サイズ、フォルムなど様々なバランスを考え抜いた結果辿り着いた形だと思うのですが、当然、施主としては「風呂がないんですけど…。」となりますよね。それに対して建築家A・Tさんの答えは「銭湯に行けばいいんじゃないの?」の一言。(笑)
確かに間取りや、空間の取り方などひとつひとつが洗練されていて素晴らしい家なんです。突き詰めると良い家というのは暮らしやすい家とはまた違ってきてしまう側面があると思うんです。
いろんな考え方がありますけど、自分としては「良い家」というのは、その人が求めている空間だったり時間を完結できることが良い家なんじゃないかなと思っています。
家に合わせて人が住むのは本来の在り方ではない。
–今は断熱や気密など、家の性能に関する情報がインターネット上含めてたくさん出回っていますが、性能面、省エネに関して「良い家」という定義はありますか?
伊藤:元々は環境に優しい家を作りましょうということで、省エネルギーをより効率化する為に高断熱、高気密というのがセットになっているのですが、断熱性能を上げる為の材料を作るのに大量のエネルギーを消費しているのであれば本来の「環境に優しい」という目的からはズレてしまいますよね。気密に関しても高気密こそ正義というわけではないと思っています。断熱性能や高気密に対して、正直なところ、数字を出すことで満足してしまっている傾向が強いと感じています。結局は住んでみて、体感でどうなるかというのが大事なことですから。
–我々住む側もつい数字だけを見て「優れている、劣っている」を安易に判断してしまいがちな気がします。
伊藤:数字と金額は紐付けやすいというのもありますしね。目安として数字というのは大事だとは思っています。ただし、素材も含めて数値化された性能というのはあくまで目安として見てもらった方がいいです。
高気密、高断熱は窓の大きさの制限だったり、内部燃焼型のファンヒーターは使用出来ないなど色々と制約が出てくるのですが、私は家に合わせて人が住むのは本来の在り方では無いと思っています。
断熱性能が高い家で一番大事なのは換気能力だったりするんですけど、どんなにいいシステム、高性能な換気システムを取り入れても、それを維持するためのメンテナンスや経済的な負担が家主に降りかかってきては、心地よい暮らしとは言い難いですよね。
その人の生活、その人の暮らしを受け入れられるのが「家」だと思うんです。
例えば、窓について考えてみると、断熱性能だけを求めるのであれば「暑さ寒さを遮る」という事だけを目的にすべきですが、窓には風を通したり、光を取り入れたり、景色を眺めたりといった”外との繋がり”を持たせる役割があります。大きい窓から外の景色を眺めて四季の移り変わりを感じることが出来るのはすごく大事なことなんですが、それを数字で表すことが出来ない。
“良い家”ってそういう事だと思います。決して数字だけではないですね。
伊藤:数字で表すことの出来ないもののひとつに「木材」があります。家を建てる時に使用する木材は、その土地の木を切り出して使うようにしています。家を建てる土地の気候、風土の中で育った木を使うことは、家にとっても良い事であり大事なことだと考えているのが理由です。その為、(ナチュラル工房では)柱など重要な箇所の木材は県産木材を使っています。
ですが、このようにその土地の木材を使う方が優れているということを数字で表すことができるかというと、中々難しい。
さらに、単純に数字化された「強度」ということだけで言えば、実は集成材の方が強度が高いということになっている。でも、粘り強さという視点でみれば断然無垢材の方があるんです。無垢材は、どんなに人口乾燥させても含水率を13%程度までしか落とせないので、その後は経年による自然乾燥によって水分を落としていくことになります。そして、経年とともに水分がなくなって乾燥した木がどうなるかというと、インパクトレンチでビスが打てなくなる程固くなる。
–家が完成し、住み始めて、時間を重ねるごとに良くなるということでしょうか。
伊藤:そうなんです。ですが、そういった経年変化もやはり数字では表し難い部分なんです。本当に良い家ということを考えると、時間が経っても、むしろ強度を増したり、経年で劣化しにくい家ということもあげられるのではないでしょうか。
家に求めるものがあるかどうか
–そう考えると「長く住む事」を考えることが、いい家に辿り着きやすいような気もしますね。
伊藤:丁寧な時間を大事にする人であればあるほど、家の価値って本当に高くなるんだなと感じています。今は生活の拠点を色々と変えたり、住むこと、持つことに価値を求めない人も増えていますよね。
自分の家が必要かどうか、家に求めるものがあるかどうかをしっかりと考えることは大切なことだと思います。
–考えてみると「こういう家を建てたいから建てる!」というよりも、結婚、出産や子供の進学、転職、移住などライフスタイルの節目において「そろそろかな」という、時期的なものが先行しているケースが多いですよね。きっかけとしては良いですが、それと共に「こういう暮らしをしたい」という明確なイメージを持つことは大切ですね。
伊藤:時期的なものだけを優先して家を購入してしまうと、後々になってイメージと違った、求めるものと違う、ということが起きてしまう可能性もありますしね。
求めているものが明確であれば、我々としても明確なものを返すことができるのですが、実際は自分が求めることを具体化しきれていない場合が多いと思います。だからこそ、我々としてはその人が求めるものをより明確にしてあげるお手伝いをすることで、その人が求める空間を提供できるように努めています。
ジブンスタイルで心地よく暮らす。
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